伊豆大島の磯釣り・堤防釣り 丸市釣漁具店

 

■POLICY
当店は、
Let's enjoy our lifestyle on OHSHIMA!
をモットーとし、大島での磯釣りを楽しむお客様のお手伝いを通して、お客様に快適なFishing Lifeを堪能していただくことを願い、日々営業をしている釣具店です。
お客様の快適なFishing Lifeのため、当店が少しでもお役に立てたなら幸いに存じます。
店主 拝

本年もよろしくお願いします!

今朝の気温は4度。北東の風も強く、洗濯物を干す時の体感温度は、久しぶりに「オオ~!!」という感じでした。本年もよろしくお願いします!

開店早々に、解凍予約の餌を取りに来たお客さんも「寒くて、風が強くて、どこに入ったらいい?」と悩める釣り人のV.S.O.Pです(笑)。

昨日の朝、めじなダービーにエントリーをしていたお客さんが「ダメかもしれないけど、一応測ってみてくれる?」と2~3匹のめじなを出しました。いずれも40㎝に届かなったので、店内掲示しませんでした。

しかし、バッカンの中には「ついでに測ってくれる?」と出されたシマアジ49センチが鎮座していました。そればかりか、40㎝越えのスマカツオ!コロダイと小ぶりのマダイ!(後で、なんで写真を撮らなかった!と責められましたが)波浮の堤防での釣果です。「又、来まーす」とニコニコでした。

「2キロのシマアジがあがってるよ」「混んでいて入れなかった。実際に良い型があがっていた」と報告は受けていましたが、ホント!正真正銘の㌔8000円はしそうな(笑)シマアジでした。

泉津の堤防に入れず(順番待ちをしていた状況)、鉄砲場に入ったお客さんは、イサキの入れ食い状態で、でっかいサバとめじなとで「夢のようなひと時を過ごさせてもらいました。又、来ます」と帰っていかれました。

皆さん、まずまずの年末年始の釣果で良かったです。今年も良い年となりますように(笑)。

昨年は、4月に新店舗でスタートができて一安心でしたが、倉庫建設をめぐっては、さんざんな年、大いにストレスがたまった年でした。

昨年3月に、町の擁壁工事が終了するのを待って、倉庫の確認申請を出そうとしたら、町の擁壁工事の確認申請が出されずに工事が終わってしまっていることがわかり、うちの確認申請が受け付けてもらえませんでした。

町が2メートル以上の擁壁工事のためには、確認申請が必要なことを知らなくて、工事を完了してしまっていたということです。うちの倉庫はその擁壁と地盤を基礎に建てられるので、建築確認申請は受け付けられないとのこと。

設計士が町に問い合わせたところ「公園工事では確認申請が必要でなかったから、知らなかった」と。「公園と市街化区域は違いますよ」と設計士は言い返したとのこと。

だから、設計士が「西側擁壁の検査済み証をください」と行った時に「確認申請はしていないから、検査済証も認定番号もない」と悪びれもせずに「施工した図面があります。5mの擁壁で国交省の基準の通り施工しました」と言ってきたとのこと。

後に、この「国交省の図面通り」が大嘘であったことが、大問題に!つまりうその図面をうちに出したということが、私の逆鱗に触れたということです。「盛り土はしてあります」の大ウソつきと同じです。

実際にもらった施工工事写真や強度資料と図面が不一致であることを、設計士が見抜きました。構造設計の方にも見てもらいました。コンクリートの強度が、国交省の図面数値より低く、鉄筋量も不足していました。

うちらにしてみれば、擁壁の確認申請が出されていないということで、全てがアウト!!ということなんですが、この認識すらないということに愕然です。建築法規を守ってやるのは当たり前のことですから。

これがわかっていないから、3月から数ヶ月経っても、図面よりも低かった、コンクリの強度値と鉄筋の本数を、町は一部上場企業に構造計算を頼んだので待ってくださいと、無駄に月日を費やしたということです。

施工業者に聞いたら「丸市さん、図面は2枚あるんですよ。雛形の国交省の図面と、もっと安くできる図面と」ということがわかりました。「そういうことか!」です。構造計算上は、強度に問題がないと結果が出たので、納得してもらえないかみたいな話すら笑止千万です。

なら、うちの確認申請を都がだしてくれるようにしろよ!ということです。

災害後に、あたかも私が強度に神経質になっている、もっと言えばクレイマーおばさんに仕立て上げようとする態度!これも許せませんね~!!

本来ならば、擁壁を一度ぶっ壊して、都に確認申請を出して、そして、私が倉庫の確認申請を出して、許可を受けるしか手はないのだと思います。あとは、裁判にかけて争うしかないとも。

幸い、支庁の方々が努力してくれて、本来は仲裁的なことは一切しないが、被災した案件でもあり、沢の拡張工事がらみであるからと、5月に解決の場をもうけてくれました。

都本庁に、支庁・町・設計士・そして感情的にならなければ参加してもいいと私。結果、絶対に申請無しはアウトであること。しかし、被災者であること、災害からの復興工事がらみ、行政側の明白な失態ということから、修正工事と都のチェックをすべての過程で受けること、コンサルのハンコを押すことを条件に、8ヶ月ぶりの解決の道筋が出されました。

やっと11月に倉庫建設が始まり、大工さん達を含め、現場工事の方々にはお世話になりました。

みんな、ことの顛末を承知しているので、工事のスピードアップをして頑張ってくれました。おかげで、倉庫も完成しました。

私が考えるには、個人攻撃はしたくありませんが、責任の所在と遠因はあると思います。都を退職して、島の復興のために、町に再就職して、気概をもって来てくれているんだと。しかし、悪いけど、軽くて説明責任に不誠実で、前のめりな面々もいるということです。

災害から3年が経ちましたが、直後から復旧・復興にかかわってくれた支庁土木の方々は、あの悲惨な状況からずっとかかわってくれている面々であること、町の復興係は移動しました。温度差があると感じます。

初期の町の復興係の皆さんは、気持ちも含めて、あの状況でよくやってくれていたと感謝しています。疑問・質問・不安感などにも付き合ってくれて説明と解決を根気よくやってくれていたと思います。

町が好きな共生です。広島・熊本の被災者も言っていましたが、被災ということより、まるで公共工事の対象者になってしまって、悲しいと。私もこの3年間、根気強く被災者と付き合ってくれて、その都度説明をしてくれる支庁土木と町職員は、すごいなと思っています。

結局のところ、制度・金よりは人だなと思います。災害から2年で都に戻った方々も、私がブログに書くと、出向いて説明してくれました。なんか文句を言われて「あのババア!」と逆切れしている町の方もいますが・・・・(笑)。

もっと書きたいですが、話がグロテスクになってきたので止めておきます。

今年は、気楽で穏やかな年にしたいな。ネパール地震の時も、うちに泊まったこともある知人が被災していないか心配でした。無事でした。広島の時も友人の実家がありましたが無事でした。ホント!日々減災を考えます。

まだまだ復興工事は続きます。大金沢沿いの町の生活道路とうちの敷地へのアプローチがどうなるのかの説明もないので、車庫建設のイメージ図が描けません。今年も、この作業が残っています。

まあ、頑張ります(笑)。